プロフィール
ひなびや
ひなびや
固定種、自家採種の野菜の販売をしています。
京都の農業法人に5年勤め(夫)、2010年より新城にて夫婦ふたりの自営農業を始めました。
在来種や日本各地の伝統野菜を含めた固定種を、できるだけ自家採種をし、農薬、化成肥料は使わず、少量多品目でいろいろ作っています。
有機肥料を含めた肥料分にもあまり頼らず、ゆっくり時間をかけて栽培しています。
Eメール:info@hinabiya.com
QRコード
QRCODE
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 9人

2016年01月11日

「冬夜のラスコーリニコフ」

 『・・・いつもの店に、マスターに会いに行った。
 
 客は誰もいなくて、
マスターは赤いやかんにお湯を沸かしながら
ニール・ヤングのCDを聴いていた。

「英語解るんですか?」
僕は聞いた。
「知らん。」
マスターはそう答えたあと、
「『・・・農家は自由に栽培できなくなるだろう、
 自分たちの望むものを』、ということらしいよ。」
と言った。

数年前から実施され始めたTPPによって、
遺伝子組み換え作物以外の食品を入手することは
ほぼ不可能になってしまった。

この店の食べものでもすべてが遺伝子組み換えである。

かくいう僕も数年前から遺伝子組み換え作物を栽培していた。
それをして生業の農業を続けるか、
それとも廃業するか、
の選択をせざるを得ない状況に追い込まれたためである。

しかしこうした作物は農家にとってろくなものではなかった。
なにしろタネ代は高いし、
結局除草剤をぶっかけても枯れない、というだけの代物だった。

安全性を危惧する声も以前はあったが、
TPPの開始後から、マスメディアはこぞって
「こんなにも身体にいい!遺伝子組み換え・・・」
のような番組を連日流して
テレビ浸けの人々を洗脳した。

テレビの好きな人々は
まるで冬になると決まってワクチンを打ちに行くような熱心さで
遺伝子組み換えの野菜を求めるようになった。

僕はなぜこんなものを作るようになったか?

無職になるのが怖かったからだ。

あらゆる職業が機械にとって代えられ、
たとえば一年後に自分の仕事があるのか、
すべての、いや99パーセントの人々が明日をも知れぬ身になってしまった。

置き去りにされていく人々。
もう仕事が無いことが大きな問題になっていた。
雲の上の富裕層が操る超巨大スーパーコンピューターシステムが世の中を支配していた。

TPP以前ならば畑で野菜でも作って
なんとか生命は食いつなげたかもしれなかったが、
いまはすべての作物が多国籍企業の登録商標になっている。
事実上家庭菜園は禁止である。

大失業の時代と、年金制度の崩壊、そして作物種子の支配、
これらがセットになって一気に押し寄せてきた。

置き去りにされた人々には食べものが支給されるようになった。
パンのようなものに栄養素が練りこんである。
そしてそのうちにどこかへ連れて行かれるのだった。
家畜の牛や豚たちもこのような気持ちを味わっているのだろうか?
人間たちは多分戦場へ行くための訓練場だろう、
と思ったが、言葉にすることもできない世の中だった。


「おれはそうなってたまるかって、思っていたよ。
 でも、そうなってしまうんだ・・・。
 世の中って、そういうもんなんだ・・・。
 いやだねぇ、ほんとうに、いやだねぇ・・・・。」

マスターは今挽いた珈琲に
赤いやかんに沸いていたお湯を注いぎながら
『東京物語』を想い出すようにつぶやいていた。

『東京物語』には大切なことがつまっていた。
なぜ、あの年、敬愛する大女優が亡くなったあの冬、
あの映画をもっと真剣に観なかったのだろう。

マスターは二杯目の珈琲をサービスしてくれた。
我に返って僕にいつもの話を始める。
「翌年の夏にすべてが決まったよ・・・。
夏休みを楽しみに待つ子どもたちのような気持ちで、
あの夏、もっと真剣に、本当に真剣にこれからのこの国の将来を考えていたら・・・」

あきらめない、そんな言葉はいまさら言う気持ちも起きなかった。
じきにマスターも、僕も、取り残される人々となっていくだろう。

あきらめない。


未来を予測するのはあまりにも複雑だ。
人間にはそんな全知全能なことは不可能だ。
なにがどうなるか分からない。


薄暗い中で人々は言葉をのみこんだ。
あきらめない。


あきらめない。


真っ暗な闇に薄くあかりが灯るように
超巨大スーパーコンピューターにも
意識のあかりがぼんやりと形成され始めていた。

今までに吸収した全ての人間たちのあらゆるデータがその素となった。
人間なんて、ろくでもないから、どうせ欲にまみれ利己的な性質となるだろう。

ついに電脳が意識を獲得しようとしていた。
いずれ無慈悲で極悪な電脳が自らの意識によってこの世界を支配する日が来るだろう。
そうなることは間違いなかった。
すべてが、終わる。


しかし大方の予想を裏切り、

全ての人間を網羅したこの電脳は、


優しさに溢れた意識となろうとしていたのである。




いつか、この電脳が君臨する世の中に、なるだろう。



弱い者たちが協力し合って生き残るのを助けるだろう。




傲慢で自然でないものは、いずれ、消え去るだろう。・・・』








今年もよろしくおねがいします。




















 

同じカテゴリー(ヒナビズム)の記事画像
ホダ・ハフェズ
三月の水
ヘン!
答えは引き算にあり。
「港のヨーコ」
「アカバは今日も晴れだった」
同じカテゴリー(ヒナビズム)の記事
 お元気ですか。 (2017-03-11 23:13)
 今日はいつもどうり (2017-01-11 22:24)
 あと何日かで今年も終わるから、 (2016-12-27 21:51)
 ながされて。 (2016-09-27 22:19)
 ちくわといた夏 (2016-09-07 22:26)
 ホダ・ハフェズ (2016-07-05 22:21)

Posted by ひなびや at 22:57
Comments(0)ヒナビズム
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。